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2008年10月

2008-10-18

#551 久しぶりのぷりぱろ

フェルメールを見たあと、上野という若干アウェイ感ある地にて飲み会に参加。絵に関するあれやこれやを語り合う。語り合うほどのものをもってはいないものの、思いのたけを。

その後、久しぶりにぷりぱろ(The Pretty Parrots)のライブ@上野Doobie's を見に行く。友人である女性4人組のビートルズのコピバン。業界ではもう知らぬものはいないんじゃないかという感じ。なのかな? 店に着くと大入り満員大盛況。何とかスペースを見つけてもぐりこんだ。

ステージ(と言うか演奏コーナー)では、ぷりぱろのひとつ前のバンドが終盤戦って感じ。

ぷりぱろは、なんか貫禄と言うか風格と言うか、そんな感じすら出てきてるような。来年で結成10年ということで、その間コンスタントに活動してきたのだから当然と言えば当然か。あ、ちなみにKFAも来年で結成10周年でございます。聞いてないって。

最近トライしているというキー上げ、まったく違和感がなかった。と言うか、目で見て「あ、カポ付けてる。これがキー上げなんや」ってわかるぐらいの感じ。ただ、逆に言うと「それほど変わらない」ということかもしれない。まぁね、あんまり極端にやっちゃうとサウンド変わってまうからね。その折り合いが難しいところで、その辺を試行錯誤しているということなんでしょうな、きっと。あ、でも、みんなの歌が力強くなったなとも思ったので、それはキー上げの効果かな。

このあと2バンド見て終了。

詳しい感想は割愛しますが、「ビートルズの曲を聞けば、ビートルマニアたちはそれなりに楽しめてしまう」、「発表会とライブ?」、「心を打たないライブ演奏にはいったい何が欠けているのか。逆に言えば、自分はいったい何を得れば心を打たれたと感じるのか」みたいなことを感じました。

思うところはいろいろあるが、その辺は書ききれないので、まぁ、そのうち。

って、こんな書き方だとなんだかなー。書き始めたものの、結局処理きれずに尻切れトンボなのがバレバレやん。情報少なすぎて記録の意味もそんなにないし。

せっかく書いたから公開してまうけどさ。

#550 フェルメール展

東京都美術館でやってる『フェルメール展~光の天才画家とデルフトの巨匠たち~』というのに行ってきた。

「絵」というものとのお付き合いは、これまでほとんどしたことがなく、と言うか非常に苦手でして、もうね、よくわからないのですよ。

「わからない」と言うと、「わかる/わからない じゃないんだよ」的コメントをいただいたりするのですが、なんちゅうかね、それ以前の問題と言うか、「絵」を見てもそもそもグッと来ないわけで。

どこ見たらいいんだか、何を見たらいいんだか、何をどう楽しめばいいんだか。

一方で「絵」を楽しんでいる人たちがすごく羨ましかったりもするわけよ。そらね、人生において感動できるネタを多く持ってる方がね、なんかええやんか。

でだ、今回は「絵」の好きなお友達が「みんなで絵を楽しもう」的イベントとして企画してくれたので、ちょっとハードルが下がったような気がして、行ってみようかと。オレも、名前と青いターバンの女性の絵くらいは知ってるフェルメールだし。

参加するにあたってテーマと言うか、自分なりに思ってたことがあって。

「絵」というのはまさに「一点モノ」なわけで、オリジナル、現物であることがとても重要なのだと思うのですよ。複製やメディアを通じて目にする機会はままあるけど。で、実物をこの目で見たときに自分が果たして感動するのか?と。

今まで「絵にはグッと来ない」と思っていたのは、大した絵を、それも実物を見てないからではないか。それなら、良い絵を美術館に見に行けば感動できるのではないか。ある程度評価が定まった画家の作品であれば、測定も容易だし。これをきっかけに「絵」の面白さに開眼できれば、もうひとつ人生が豊かになる。

みたいなことをね、考えとったわけです。

さて、結果は。

もひとつでした。

なんかね、どうもピンと来ないと言うか、上滑りと言うか、それほどグッと来ることもなく。これまでも、何度か「絵」にトライしてきては感じてきたイマイチ感を再確認しました。「絵」という芸術との相性が悪いのだろうか。

あ、収獲がまったくなかったわけではない。

展示されてる絵の横に書いてあった技法とか構図とかについての解説を読んでみて、現実の切り取り方、どこをどう切り取るかというところからスタートしているというのは、ちょっとなるほどであった。人間の目という制約が無いというかね。

でも、そういうのって、やっぱり頭から入ってる感じやん。

そういう楽しみ方を否定することは全くないとは思うけど、なんかさ、やっぱり出会いはドラマチックと言うかね、「もう、見た瞬間にフリーズした」とか「鳥肌が立って、視線が外せなかった」とか言いたいやん。

そんな出会いはそうそうあるもんじゃないんでしょうが、逆にそういう出会いでもない限り、絵とのお付き合いはなかなかハードルが高そうな気がしている今日この頃。

2008-10-17

#549 レスポールカスタム

いま、猛烈にレスポールカスタムがほしい。

色は黒。

できればAlnico-V&P-90。

すなわち'54年モデル。

すなわちブラックビューティー。

ハムバッキングでもええぞ。それなら'69年。鮎川誠や。

GIBSONじゃなくてもええぞ。

ChinaやKoreaは避けたいが。

めっちゃほしい。

うぉーっ。

魂の叫び。

叫んでるだけ。

2008-10-16

#548 PART2が進まない…

Part1仮合格後、まだ正式な通知は来ておりません。

それはそれで待っとくとして、進めていくべきPart2がなかなか進んでおりません。いまはインプット期として講義DVDを見ているのですが、8枚中、今のところ2.5枚。

うーん、Part1受かってちょっと緩んでるのか?

いやいや、それはいかんですよ。

あわよくば年内にPart2と4のダブル受賞を目論んでいるわけで、ガツンガツン進めんと間に合わん。

ちょっとネジ巻きなおすべし。

2008-10-08

#547 キングオブコント2008

えっとね。

個人的にはバナナマンLOVEなんで、大変残念ではあります。バッファロー吾郎のネタもあまり面白いとは思えませんでした。ロバートも非常に面白かったので、Bブロックの最終決戦進出は見どころでもありました。

でもまぁ、それはいいです。

見ていて、あの最後の投票方法については確かにキツイなと思いました。

「そら、吉本の後輩はバナナマンとは言わんやろ。しかもフリップに書いてるのにわざわざ口頭でも言わせるのは酷というもの。無記名でええやん」と、アタシも思った。

案の定、世間ではえらい荒れてるところもあるようです。八百長だの出来レースだの。

で、ちょっと時間が経って、その間ずっとうっすらと考えてたんやけど。

バッファロー吾郎の優勝をあーだこーだ言ってる人は、要するにバッファロー吾郎が面白いと思えなかった人なんだと思うのよ。あんなにオモロないのになんで優勝やねん、そんなん吉本パワーやん、みたいな。

でも、それはその人の感覚であって、テレビでバッファロー吾郎に投票したTKO、ロバート、天竺鼠、チョコレートプラネットは本当にバッファロー吾郎を「面白い、凄い」と思って投票したのかもしれへんやん。自分が本当に面白いと思ったものを面白いと言ったのかもしれん。

だとしたら、それが自分の感覚と違うからといって、八百長呼ばわりはないんちゃうかと。なんかそれってすごいゴーマンな感じがするのよ。

本当のところはわからんよ。実は「ここは先輩立てとかんとまずいやろ」と思ったんかもしれん。でも、最初から決めつけるのは、ちょっと違うなと思うわけさ。

でね。

あの、芸人が芸人を審査するというアイデアは、当日の司会でもあった松ちゃんのアイデアなんやてね。当初C-1グランプリと発表されてた大会タイトルをキングオブコントに変えたのも、M-1やR-1とは違うものにしたいという彼の意向だそうで。

そこで思ったんやけど、あの公衆の面前で大先輩芸人に対して、情やらシガラミやらを超えて、本当に面白いのはどっちかを宣言させる審査方法は、審査する側に対しても、「お前はホンマにどっちがおもろかったかを、真摯に真面目に考えて、ここで言え」というメッセージなんかなと。

ちょっとでもシガラミに流されて「先輩やから」的な選択をしてしまうと、視聴者には出来レースに見えてしまう。それでもなお胸を張って「こっちが面白いと思います」と言えるようにならんとアカンのちゃうかと。芸人たるもの、そういう笑いに対するピュアな気持ちを持っとかなアカンと。

「若手芸人は誰しも松本さんほど(ハートも立場も)強くないです」という意見もありましょうが、そこをあえて強くなろう、そういう松ちゃんなりのお笑いLOVEな気持ちの現れなのかなと思った次第でございます。

あるいは、そもそも「芸人が面白がる芸人が一番面白いのか? 芸のターゲットはあくまで一般ピーポーなのだから、いわば芸人’s 芸人を選ぶような視点自体がすでにズレているのでは?」という意見もあると思います。

それはまぁ、アリかなと思いますが、そこはそもそもの大会の開催趣旨が何なんだ?ってことですわね。そこを明確にすればいいだけの話。

今回の失敗は、なぜこういう審査方法にしたのかという説明が、我々には届かなかったということでしょう。ひょっとすると「そんなん素人に説明する必要はない」と思われたのかもしれません。審査する側もされる側も、元は同じ出場者、芸人同士はそこは分かり合ってるのだと。

アタシとしては、物議を醸した審査方法を来年どう持ってくるのか、そこでどんなコントが見られるのか、非常に楽しみにしています。

あー、もう…。

思うところはあるのだけれど、それをうまく文章にすることができん。自分でも非常に雑なエントリだと感じます。けど、誰かに聞いてほしくて書きました。

反論は歓迎ですが、打たれ弱いので、友好的にソフトめでお願いします。(笑)

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