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2006年2月

2006-02-26

#415 ナチュラル志向か?

SG-RRとの再会と同時に,自分の奏法について,もう少しギター本体のボリュームやトーンを使って変化を出していくようにしたいなと考えております。

今までは,トーンチェンジは基本的にエフェクターでと考えておりました。そのほうが手っ取り早いから。

でも,手元のボリュームは弾いてないときに音出さないようにするだけのものではない。ボリューム操作だけで音色はずいぶん変えられるし,トーンも,基本的にはフルテンであっても,時には例えばフロントPUで少しトーンを絞ってハイを落とした音なんてのもけっこう素敵だなと思ったりするようになったのですよ。で,それを手元でいろいろできるとかっこいいなと。

今頃何を言ってるんだ?という反応の方,ごもっともです。それだけ自分がギタリストとして未熟であったということなんだと思います。

もちろん,こうしてみてもいいかもなと思うだけで成熟するわけではありませんし,実際にそういうコントロールが使いこなせるのかどうかはわかりませんが,ちょっとやってみようかと思っている次第でございます。

それに付随してなのかナンなのか,エフェクターについてもできるだけシンプルにしていきたいなと改めて思っています。

基本の歪みペダルをクランチ設定にして,ギターのボリュームでクリーンまでコントロールできるようになれば,あとはもうちょっとゲインアップしたいときのためのブースターがあれば歪みはそれでOK。揺れモノもあんまりかけないで,極端な話ディレイだけにするとかくらいでいいかも。まぁ,それはそれでちょっとさびしいので,実際はコーラスやフェイザーなんかは使いたいと思うんですけど。

ただ基本はね,あんまりエフェクターで音を作りこむのではなくて,生音を活かしてスカッとした音を作りたいと思うわけですよ。揺れモノはあくまで隠し味程度で。

って,これもなんだかいまさらな話ですけどね。

2006-02-24

#414 ちょっと沈静化

と,ここまで暑苦しいまでの熱気で語ってきた「ギター欲しい病」でしたが,ちょっと落ち着いてきております。

というのも,今日,久しぶりにメンテに出していた旧愛器であるYAMAHA SG-RR(リンク先の画像はブラック+ベッコウ柄PGですが,オレのはTVイエロー+黒PG))をやっとこさ引取りに行ったのですよ。

どうもチューニングが悪くて,2~3弦がピッキーンって鳴るしで,ナットの交換とネック周りのクリーニングをお願いしていたのでした。で,楽器屋で久しぶりのご対面を果たし,その場で感触を確かめてみたところ…。

いいんだな,これが,思ったよりぜんぜん。

前はもっと弾き難かったんだけど,なんだか今回は良い感じ。ずっと気にいらなかったネックのグリップもそんなに気にならなくなってた。しばらくアコギを弾いてたせいで,太目のグリップ感に慣らされてしまったのかもしれない。カジノってナットあたりがすごく細くて,それがとても弾きやすいと思ってたんですが,今は逆にちょっと物足りなく感じてしまうんだもの。

音のほうも太くて素直。歪ませても良い感じだし,ボリューム絞ってクリーンにしてもきれい。ええがな。

ということで,当面はコレで行こうかなと,今のところは思っております。

まぁね,ギター好きってのは,いいなと思うと欲しくなっちゃうものなので,欲しい病の完治というのは絶対ないわけですが。

残念なのは,カジノとかSGみたいに,ネック側のストラップピンをホーン先端からボディ裏に移植するっていうのをオーダーしてたつもりでいたのですが,これが勘違いだったこと。注文伝票見直したら書いてなかった。ちゃんと発注時に確認しとけと。なので,まだホーン先についております。でも,これだとストラップ短くするとちょっと窮屈なんだよね。

デブだから。

ほっとけ。

2006-02-23

#413 YAMAHA SGの逆襲

"逆襲"ってなんだよ。今まで攻められてたのかよ。これから反撃するのかよ…。

恒例となってまいりましたギター談義,今日はYAMAHAのSGです。

YAMAHAのSGって,どうしても"TAKANAKA"ってイメージが強くないですか? 今のご本人の公式サイトのトップページではストラト弾いておられますが。あとは仏陀インレイ入りのSANTANAか。こちらもいまはPRSだけど。YAMAHAの人自身,「SGというとフュージョン向けギターという印象がある」と語っているのを見たこともあり,まぁ,それなりにそういう認識なんだろうね。

オレの場合,YAMAHA SGといえば,高校のときに一緒にバンドを組んでた藤巻くんが持ってたブラウンサンバーストのSG-1000を思い出す。

オレと藤巻くんが二人で,先輩がやってたオフコースのコピバンのライブにトラで出たとき,オレが"Save The Love",彼が「愛を止めないで」を演ったんだが,オレが"Save The Love"のギターソロの時に弦を切ってしまった。そのとき藤巻くんがとっさに差し出してくれたのが彼のSG。そいつを借りて何とかその場を凌いだのだ。いや,いいヤツだった。

でも,そのときのオレは,自分のギターの弦が突然切れてしまったことに動揺している上に,いきなり他人のギターをライブで弾くなんてことに慣れておらず,せっかく貸してくれたSGに対して,その重さだったり抱えた感じだったりネックグリップだったりに猛烈に違和感を感じて「うわー,弾きにく~」と内心文句タラタラだったのだ。

しかもギターのトーンがかなり甘めにセットされているように感じ,比較的ブライトでアタッキーなサウンドを好みとしていたオレは,必死でギターのトーンとボリュームをフル10にしようとしたものの大きな改善は得られず,「クソッ,なんでこんな音やねん」と,実に罰当たりな心持ちでいたのでございます。

と,まぁ,そんな青春の1ページを思い出すわけで,この思い出から「SG=イマイチ」という認識を強く植えつけられてしまった。

さてそこで。

先日来,ギター欲しい病に悩まされるオレ,「王道レスポール」に対する思いを先日語りましたが,ふとここでYAMAHAのSGのことを思い出すのであります。

同じSGという名前とはいえ,YAMAHAは,GIBSONのSGとはまったく異なる,レスポールを単純にダブルカッタウェイにしただけみたいな独特のシェイプが特徴的。ボディ厚も十分,その分重さも十分,と言うように,GIBSON SGよりもストレートにレスポールの特徴を受け継いでいる。

これが,妙にオレの心をくすぐり始めた。「実は,カッコエエんちゃう?」と。

イースタン・ユースというバンドがあって,オレはそんなに真剣に聴いてるわけではなくて,たまにテレビとかで新曲が出たらPVが流れてたりするのを見るくらいなんだけど,このバンド引っかかるなぁと思っていたところ,そこのギタリストである吉野寿という人がブラウンサンバーストのSG-1000(藤巻くんのと同じだ)を使ってて,これが妙にかっこいいんだよね。ちょっと高めの位置に抱えてさ。

YAMAHAってレスポールやストラトのコピーモデルを作ったりもしてたけど,他の国産ギターに比べて圧倒的にオリジナルモデルの比重が高いように感じる。もちろんグレコのGOシリーズやBOOGIE,ARIA ProIIのPEシリーズのような有名な例もあるけれど,YAMAHAはほぼ一貫してオリジナルモデルの製造に取り組んできているという印象が強い。

そんなYAMAHAギターの中でも,デビュー以来ずっと製造され続けているのがSGというモデルなわけだ。その意味では国産ギターの王道と位置付けられてもいいくらいのギターなんだけど,国産ゆえかフュージョンギターという印象ゆえか,ロックファンからはイマイチな評価しか得られていないみたい。

そんなSGが,最近マイナーチェンジしたらしい。量産と言うよりはYAMAHAのカスタムショップ的な位置づけになったんだと。パシフィカのカスタムオーダーなんかを請けるヤマハクラフトアカデミーというところがガッチリ作っていくのだそう。基本的なスペックは変わってないみたいだけど,なんでも出荷前にボディにギター特有の振動を与えることで「鳴り」を促進するという"Initial Response Acceleration(IRA)"という工程が加わったそうだ。

具体的にどうやって振動を与えて「鳴り」を促すのかは定かではないし,なんだか子供だましな気がしないでもないが,なんか楽しいじゃない。ギターマニアの実験みたいで。けっこうYAMAHA,好印象。

俄然,興味が湧いてきたことであるよ。

2006-02-16

#412 キャラメル関連本

最近,キャラメルボックス関連の本を2冊続けて読みました。

キャラメル・ばらーど

神山典士というライターが何ヶ月だか密着して書いたというルポ。作・演出家である成井豊をはじめ,劇団員たちへのインタビューや各公演のパンフレットに載っていた成井さんの小文なんかを元に再構成されてるんですが,内容としてはほぼ"成井豊を語る"みたいな感じになってます。

キャラメルボックスというのは独特の作風があって,それが甘ったるいと感じる人も多いと思うんですけど,その世界をほぼひとりで作り出してる成井豊という人が,誤解を恐れずに言えばこれほどまでにコンプレックスの塊でイヤなヤツだったということが書かれています。で,それはそれでなるほどなーって感じ。たぶんこれでもけっこうソフトになってるんだろうから,役者たちはきっと大変なんだろうねぇ。

演劇がなければ人と関われないとか,過去のイヤな自分に決着をつけるためには書かずにはいられないとか,キャラメルボックスのエンターテインメント&ファンタジーな感じとはえらい差があるコメントが頻出するのが印象的。古いタイプの作家と言うか演劇人的な人なんだなという感じ。劇作者よりも製作者である加藤さんのキャラが,世間的なキャラメルボックスのイメージに強い影響を与えているような気がします。

オレとしては,成井さんのダークサイドと演劇との落差についてもっと掘り下げてみても良いなと思いました。まだまだこんなもんじゃないだろう的な感じ。ホントに痒いところの周りを掻いてるっていうか。ちょっともどかしい。

僕はいつでもここにいます。

こっちは,長年に渡って劇団の中心役者として活躍している西川浩幸の初エッセイ。エッセイ部分,同じ劇団の看板スター上川隆也との対談,演技論の3部構成。

彼のサイトにある日記と同じようなトーンなんだろうなぁと予想していたのですが,まさにその通りでした。短くて力が抜けた文章がサラッと書いてあるのが魅力なんですが,本としてまとまっているのを読んでみると少しパンチが欲しいような気もしました。

この本の中にも成井さんとの微妙な対決シーンが少しだけ出てきます。開演直前に成井さんのダメ出しを食らって初めて芝居を辞めようと思ったとか。ここもサラリと書いてありましたが,実際は結構ヘビーな気持ちだったんではないかと思います。

上川隆也との対談は,まぁ,可もなく不可もない感じではありましたが,上川が「演じているときの自分しか意味がない」みたいなことを言っていたのが印象的でした。

キャラメルボックスという集団はけっこう役者の生の声や姿を露出させる企画が多くて,サイトや公演パンフにもアンケートなんかが頻繁に公開されているのですが,彼はそういうときに本当に寡黙で頑なに自分のことを語ろうとしない,木で鼻をくくったような答えが多いので,どういう心持なんだろう?と思っていたのですよ。その謎が解けました。

演技論は本格的なものではなくて,気構え的なことや呼吸法,役の捉え方なんかをいつもの淡々とした口調で語るというもので「はー,なるほどー!」という感じではなかったですね。自分がお芝居をやる人間ではないからなのかもしれませんが。

まぁね,2冊とも基本的には劇団・役者のファンしか買わないんだろうけどね。それはそれで構わない。興味ない人に無理にお薦めする類いの本じゃない。

2006-02-13

#411 激美味鍋

昨夜,ウチで作った鍋が簡単かつ劇的に美味かったのでご紹介。画像はないのでご勘弁。どっかのサイトで風邪撃退鍋として紹介されていたものです。

主な材料

豚バラ肉の薄切り:適量。しゃぶしゃぶ用の薄すぎるやつより少し厚みがあったほうが美味いと思う。バラは脂が多いからといってロースなんかにしないこと。絶対バラが美味い。にちがいない。
白菜:適量
えのき:適量
春雨(orくずきり):適量
にんにく・しょうが:たくさん。二人分でそれぞれ1個ずつ(ひとかけじゃなく)使った

作り方

下ごしらえ:にんにくとしょうがを薄くスライスしたものを豚バラ肉の間にたっぷり目に挟んで香りを移しておく。

・土鍋にたっぷりお湯を沸かし,沸騰したら塩小さじ軽く1杯とにんにくとしょうがのスライスをそれぞれ一掴み分くらい入れる。
・再び沸いてきたら白菜・えのきを入れて煮る。
・再び沸いてきたら豚バラ肉を挟んであるにんにく・しょうがとともに適量投入。
・さらに再び沸いてきたら灰汁をすくってとる。
・肉に火がとおり,白菜に透明感が出てきたら出来上がり。
・春雨は長時間煮ると溶けてしまうので,様子を見ながら適宜投入してください。
・食べるときには,ウチは大根おろし&ポン酢しょう油+キムチにしましたが,お好みで。
・まず最初にひととおり食べる分をつくり,それを食べきってからさらにもう1セットという感じで行きましょう。
・仕上げは雑炊にしましたが,餅やうどんを入れても可(だと思う)。

にんにく・しょうがのスライスにちょっと手間がかかる(大量にスライスするため)ところですが,これさえクリアすれば後は材料を入れて煮るだけなので超・簡単。出汁をとらなくても豚や白菜から旨味が十分出ます。

にんにく・しょうがは「うそっ?」と思うくらいたくさん入れてください。参考にしたサイトだと入れるものは出来るだけシンプルにと推奨していましたので,上記くらいで。ネギとか青い菜っ葉系とか入れたくなるので,実験してみても良いですけど。

何しろ白菜が豚の旨味を吸って信じられない美味さになります。〆の雑炊は,スープには豚の脂やにんにく・しょうがが溶け込んでいますが,思いのほかあっさりしていてこれも美味い。

寒い日や風邪気味のときにお試しあれ。

2006-02-10

#410 音楽に関する記憶 Part2

#409で紹介したエピソードと同時期(くらいだったと思う。たぶん)にあった別の話を。

幼稚園で,なんか発表会みたいなの,あるじゃないですか。芝居したり歌ったりして,それを父母が見に来るみたいなの。

それで合奏をすることになってたんですよ。合奏ったって幼稚園児ですからね,ピアニカとか木琴とかそういうのでメロディを奏で,あとはタンバリンだの鈴だの太鼓だのといったパーカッション系で音の厚みを出すみたいなアレンジ。

確かオレは最初は鈴担当だったのよ。左手に持って右手で左手首を叩いて音出すの。"ウンチャッチャッ ウンチャッチャッ"って,3拍子だったような気がする。これは単純なプレイだったので,「あぁ,楽勝だなぁ」とのんびりしてた。

そしたら,直前,たぶん2日くらい前だと思うんだけど,に指揮をするやつが当日来れないということになった。理由は覚えてないんやけど。そのとき,オレの担任の先生から,なぜかオレが指名された。「彼の代わりに振りなさい」と。

そんなん聞いてへんやん。こっちはのんびり鈴振ってんのに,いきなり指揮者やで。しかも直前に。

当然びびるし,尻込みするわけです。「そんなん,いややぁー!」って。確かすっげー泣いたような気がする。そしたら,わざわざ先生が母親に「説得してもらえませんか?」って言ってきた(らしい。後で母親に聞いた)。

で,説得と言うか命令と言うか,まぁ,とにかくやらなきゃいけないってことになって,時間がないので,前日に1回だけリハがあるから,それで全部合わせろと。

まぁね,指揮者って言ってもやることって音を出すタイミングに合わせて楽器の方を指揮棒で指す,これだけなんですよ。言っちゃえばダンスみたいなもんです。先生に言われるとおりに「ハイ,ここで太鼓を指差して,次はトライアングルね」とかって振り付けされてるような感じ。それを1回の練習で覚えろって言われて,とりあえず必死で覚えた。家帰ってからも「ここでこうして,ほんで次はこう,やったっけ?」とかやってた。

そうやって迎えた翌日,本番。もう無我夢中ですよ。覚えたポーズをタイミングに合わせて繰り返す。やたら汗をかいて,終わったあとはもうヘトヘト。

だけど「なんか,気持ち良いな」と思ったのは,はっきりと覚えています。

今思うと,直前ギリギリ/バタバタのスリルとか,本番を無事に乗り切った安堵感とか,前からは楽器を演奏している友達,背中からは父母や先生,つまりその場に居たほとんどすべての人から「注目されている」という感覚とかが入り混じったような気分に,快感を感じていたのかもしれません。

このエピソードが,その後の私の人格形成や音楽との関係にどんな影響をもたらしたのかは,わかりません。が,いまでもあの妙に高揚した気分は強烈に記憶に残っています。

2006-02-09

#409 音楽に関する記憶

私の音楽体験において今でも強烈に残っている記憶について,今日は書いてみよう。たぶん私の音楽に関する記憶の中でも最も古いもののひとつだと思う。

それは幼稚園の年長さんのころの話。なので,5歳くらいか。

バスで通園していた私は,お友達たちといっしょに帰りのバスを待っていた。門の近くに教室ひとつ分の待合スペースがあって,そこでゲームしたりおうたを歌ったりお遊戯したりしてバスを待つわけだ。

その日はおうたを歌うことになった。普段なら決められたいつもの曲を先生の足踏みオルガンに合わせて全員で合唱というスタイルなのだが,なぜかその日は「歌いたい人が挙手をして,歌いたい曲を歌う」という趣向だった。

先生の「はい,おうたを歌ってくれる人,手を挙げて~」という呼びかけに対して,引っ込み思案系だった私はとりあえず反応しなかったのだが,例によってそういうときに張り切るヤツというのも何人かは居るわけで,そいつらは「ハイ,ハイ,ハーイ」とか,まぁ,元気よくアピールしていた。

で,当然の流れとしてそいつらが指名され,みんなの注目の中歌いはじめる。たぶん2~3人が歌ったと思うのだが,具体的な曲名は記憶していない。たぶんいつも歌ってる幼稚園ソングだったのではないか。所詮バスが来るまでの暇つぶし,どうってことのない時間だったんだろう。私自身も,手拍子とかしながらなんとなく集団に溶け込んでたような気がする。

そんな中,何人目かのお友達が前に出た。そいつは「『オバケのQ太郎』を歌います」と高らかに宣言した。

♪Q Q Q オバケのQ ぼくはオバケのQ太郎♪ってやつ。知らない人,ごめん。知ってる前提で話は進む。

こいつが私の癇に障った。メロディーは確かに正しいのだが,歌い方がとてもナチュラルで素直だった。

「違う」と思った。

あの曲は,石川進が"キュッ キュウッ キュウ オッバッケーのキュウッ"と(文字では伝わらないだろうが)とてもおどけた調子で表情豊かに歌うのが肝だ。今歌ってる彼の場合,残念ながらその表情がまったく感じられない,きわめて平板な歌になっていた。

とりあえず1番が終わったところでみんな拍手。それを待っていたかのように私は勢いよく手を挙げた。

「はい,じゃあ,今日の最後のおうたを歌ってもらいましょうねー」と私が指名された。私は使命感に燃えていた。彼の誤りは正されなければならない。

「おうたは何を歌ってくれますか?」という問いに私は「オバケのQ太郎!」と答えた。

その時点で聴衆はざわめいていた。「えー,さっき○○くんが歌ったやん」という声が聞こえたような気がする。少なくともその時点で私は歓迎されていないかもしれないことを感じ取っていた。

なんとなく気まずい空気の中でイントロが始まり,私は意を決して歌いはじめた。

♪キュッ キュウッ キュウ オッバッケーのキュウッ
♪ぼーくは オッバッケッのっ キューたーろぉ~

大ブーイングだった。

「えー,そんなん違うー!」,「○○くんのほうが上手やー!」という声がいくつも聞こえた。私の歌はお友達たちにまったく受け入れられなかった。

怒号の中,私はなんとか1番を歌い終えた。振り返るとオルガンを弾いていた先生が少し困ったような,気まずげな顔をしていた。

どう考えても私の歌のほうが出来がいいはずだ。おどけた調子もうまく出せたし,音程だって確かだ。

なのに,大ブーイング。

その後まもなくバスが来た。私はバスの最後部にひとりで座り,「あかん。こいつら,ぜんぜんわかってない」とひとりごとを言った。

このエピソードが,その後の私の人格形成や音楽との関係にどんな影響をもたらしたのかは,わからない。が,いまでもあのバスの中での不愉快な気分は強烈に記憶に残っている。

単にヤなヤツだっただけなのかもしれない。

2006-02-06

#408 お知らせ

ここで書いても伝わらない人もいるんですけど一応。

KFAの公式ウェブサイト"site KFA"が現在アクセス不能になっています。復旧の目処は今のところ立っていません。ひょっとするとこのままクローズになってしまうかもしれません。再開できるかどうかも微妙。出来たとしても,ウェブアドレスが変わってしまう可能性大。

あ,メンバー間の関係が悪化したとか解散するとか,そういうことではありませんのでご心配なく。

#407 レスポールという王道

久しぶりです。

が,相変わらずギターの話をします。今日のテーマは"レスポール"です。

レスポールって,これまでどうも苦手でした。大昔に友達に借りて弾かせてもらったときに「あ,これはちょっと違うな」と感じて以来,縁がありません。っつうか,私が避けてました。

重いとかハイポジションが弾きづらいとかカッティングには音が太すぎ(なイメージ)ってことも関係ありなんですが,なにしろその風情がどうもダメだったのです。

レスポールというのはちゃんとしたギタリストが弾くもんだ,という思い込みが強くあった。

良く言えばボーカリストが持つギターとしては少々ヘビーではないの?という気持ち。ぶっちゃけて言えばコードをジャカジャカ掻き鳴らす程度のギタリストとも言えないようなギタリスト(って,すなわちオレ)なんかが持っちゃいけないくらい,ちゃんとしたギター。だったわけですよ,オレにとって。だから,持ってみてもどうも居心地悪いというか,しっくりこないというか,「こんなアタシでどうもすいません」な気分になるのだ。

GIBSONのアーチドトップのギターってそういうところ,ありません?

だからテレキャスだレスポールジュニアだと言ってきたのですが,それはどうも自分の中のレスポールに対する恐れ,というか逃げの気持ちから出たのかもしれないなと思ったわけですよ。

ところが昨今,やっぱりギター欲しいよ病を何度目か患ってしまった私ですが,このたびなぜか初めてレスポールをちゃんと意識したのでございます。

いままでなんとなく避けてきたけど,「本当にいい,これ一本でもういいぜ」的なギターが欲しいなと思うようになってからは,やっぱり長年に渡って愛され続ける王道の頂点に君臨するレスポールというのは外せないというか,あんまり変化球はもうええかな,なんだかんだ言ってレスポールって直球ど真ん中だし,それを避けては通れないし,けっこう弾いてみてもいいかもよ?ってな気分に,いまさらながら襲われておるのでございます。今までは「ちょっと気まずいアイツ」のはずだったのに「むっちゃ気になるアイツ」と化してしまったと。

でもね,やっぱりトラ目バリバリのサンバーストレスポールはまだちょっと敷居が高いんだ。キルトメイプルのラミネートボディなんかはまったく興味ない。ゴールドトップがかっこいいなと。あるいは黒のカスタム。

和田唱(トライセラトップス)があるインタビューの中で「レスポールって粋なことが言えないギター」という話をしていたんですよ。クセのあるギターを持って「こいつ,バランス悪いんだけど,それにはまっちゃうと抜け出せないんですよね」みたいなことが言えないんだと。バランスいいし音いいし弾きやすい。ギターのことをあれこれ考えずに済むギター。オレはこういうギターを求めてるんじゃないのかなと,自分で思ったりしたわけだ。

あんまり王道過ぎて,オレには似合わないかもしれんなぁとか,いまだに微妙な気持ちの揺れを抱えつつ,何の恥じらいも衒いも無くレスポールというギターを持つことが出来るようになればいいなと,今はちょっと憧れてたりします。

アコギはD-28,エレキはレスポール。以上。みたいな感じがいいなと思ってきました。

でも,レスポールの「これぞ!」モノって,とにかく高いでしょ? それがネックやね。ギターに30万も40万も払えませんから。あとは楽器屋での邂逅を期待するってところでしょうか。

ってことで,早く楽器屋巡りをしよう!(笑)

前回からずいぶん更新があいてしまいましたが,その間どうも憂鬱で元気がありませんでした。

こうやってギターの話をしてる分にはいい,って言うか,こういうときだけは元気なんですけどね。それ以外はダメ。気力萎えまくりです。

現実から逃げようとすればするほど,現実は重くのしかかってくる。逃げようがないのもわかっています。だからといって立ち向かう気力も湧いてこない。

気力を振り絞って戦うしかないのに。

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